今こそゆとり教育が日本を救う?

ゆとり教育が差別的な用語となり、2013年に詰め込み教育へと戻りました。

しかし、終身雇用の崩壊とともに、世の中はスキルを持った人材を求めています。

今こそ思考力を養い、自分の興味をもった分野を探求し、自分で考える時間を確保する教育が必要なのではないでしょうか?


現在私は転職、異動を経ていろいろな職業の人とお話をする職場で働いています。

そこでは、フリーランスで働いている人、会社を辞めて資格取得を目指す人、30歳から大学受験を目指す人など、本当に多くの人と出会うことができます。

年齢、性別、時間も関係なく、とにかく自分のあるべき場所を探して仕事や勉強に励んでいます。

本当にみなさん楽しそうにお仕事の話をしていらっしゃって本当にいい刺激を受けています。

そこで思ったのが、今の日本の教育で自分のやりたいことで食べられるようになるのかということです。

例えば、スマホがあればセンター試験の日本史は満点をとれるでしょう。にもかかわらず日本史を学校で学ぶことにはいくつかの意味があります。

1. 自分の国の最低限の歴史を教養として知っておく必要がある

2. 歴史という過去の経験から未来を予測する

3. 単純に日本の歴史が好き

自国の最低限の知識として歴史を知っておくことは必要になってきます。例えば卑弥呼を知らない人はほとんどいないと思いますが、なぜいろいろな人を差し置いて卑弥呼を習うのかというと、確認できる最古において初めて日本で政治を行った人物だからです。

例えば日本が武装国家であり、軍事力による統制を行う国であれば最初に習う人物は卑弥呼ではないでしょう。

次に、歴史から未来を予測するというのは、学者や政治家などの仕事になります。一部経営者などもこの目的で日本史を利用できるかもしれません。

3番目に、単純に日本史が好きということが考えられます。仕事にするならば小説家や漫画家、テレビマンやライターなどが考えられると思います。

おそらくここに書いた以外に日本史を学ぶ理由、その理由に対しての職業があると思います。

これは32歳になった今だからこそ考えられることですが、もっと早い段階から考えるきっかけを持つ時間があればそれは変わっていたかもしれません。

終身雇用+年功序列を前提としたオールラウンダー育成が崩壊し、数学や技術、知識は人間より機械のほうが早く正確にこなす現代社会において、もし今後も働いていきたい、働ける人材を育成したいというのなら、しっかりと小学生から自分は何が好きなのか、何なら得意なのか、何ならお金をもらえば出来るのかをしっかりと考えていく力をつけていく教育が必要なのではないでしょうか?

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